大阪高等裁判所 平成12年(ネ)86号 判決
主文
一 原判決中控訴人の慰謝料請求部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金一二万円及びこれに対する平成一一年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを七分し、その六を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決の第一項の1は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人の慰謝料請求部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、八四万八〇〇〇円及びこれに対する平成一一年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
当事者の主張は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決「事実」の「第二 当事者の主張」欄(三頁四行目から一一頁六行目まで。ただし、不服申立のない妨害予防請求権に関する部分は、除く。)記載のとおりであるから、これを引用する。
一 四頁六行目の「右通知書」の次に「(以下「本件通知書」という。)」を付加する。
二 五頁初行の「三一日」を「三〇日」と訂正し、二行目の「ミキや」の次に「。」を付加する。
三 八頁初行の「六〇〇〇円」を「八〇〇〇円」と訂正する。
四 九頁二行目の「(原告主張のまま)」及び七行目の「平成一一年五月三一日に」を各削除し、八行目の「但し、」の次に「中川社員が控訴人に電話をかけたのは、平成一一年五月三一日であり、新田社員の」を付加する。
五 一〇頁九行目の「同5を否認する。」を「同5の事実のうち、貸金業規制法二一条の規定及びそれに基づく大蔵省通達の存在することは認めるが、その余は否認する。」と訂正する。
六 一一頁三行目の「同7を否認する。」を「同7の事実のうち、控訴人が、平成一一年六月三日、取立行為の禁止等を求める仮処分を申し立てると同時に本訴を提起したこと、控訴人が、同年七月二日、右仮処分の申立てを取り下げたことは認めるが、その余は否認する。」と訂正する。
第三証拠
証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の事実、同4の事実のうち中川社員が控訴人に電話をかけたこと及び新田社員が控訴人の自宅を訪れたこと、同7の事実のうち控訴人が平成一一年六月三日取立行為の禁止等を求める仮処分を申し立てると同時に本訴を提起したこと及び控訴人が同年七月二日右仮処分の申立てを取り下げたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、被控訴人の社員の控訴人に対する取立行為が不法行為にあたるかどうかについて判断する。
1 右争いのない事実、証拠(甲一ないし三、五、六の1ないし8、七、一一、一二、乙一ないし五、証人中川孝博〔原審〕、控訴人〔原審〕)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 控訴人(昭和一二年生)は、昭和五七年ころ、被控訴人から、控訴人の夫名義で金銭を借り入れたが(右借入れについての借用証書二通のうち、一通は、主債務者が控訴人の夫名義で、控訴人が連帯保証人となっており、もう一通は、主債務者が控訴人の夫名義で、控訴人の氏名は記載されていない。)、数回支払っただけで、行方不明となったため、消滅時効期間が経過した。ところが、控訴人の所在を被控訴人が知るところとなり、被控訴人の請求を受けたことから、控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年九月、一部弁済をした。なお、被控訴人は、右借用証書二通を保管していた。
(二) 被控訴人の債権管理部の増田社員は、平成一一年一月二三日、電話で控訴人に請求したところ、控訴人は、弁護士に相談して破産する予定であると答え、その後、同年二月六日にも、増田社員が控訴人に電話したところ、破産手続を進めている旨聞いたものであり、以上のやりとりは、被控訴人作成、保管に係る控訴人に対する債権に関する債権回収経過表(乙五)に記載されている。なお、右債権回収経過表には、控訴人の氏名、生年月日、電話番号が記載されており、本件通知書に記載されている控訴人の氏名、生年月日と一致する。
(三) 控訴人は、債務を清算すべく自己破産の手続を控訴人訴訟代理人である武藤信一弁護士(以下「武藤弁護士」という。)に委任し、委任を受けた武藤弁護士は、同年四月二二日付で、本件通知書を作成し、その頃被控訴人に到達した。
これを見た被控訴人の債権管理部の中川社員は、武藤弁護士に電話して、コンピューターに登録している債務者に該当するかどうか検索したところ、控訴人名では該当者がなかったとして、控訴人の夫の氏名を教えてくれるよう頼んだが、教えてもらえなかった。
(四) 武藤弁護士は、同年五月一二日、神戸地方裁判所尼崎支部に控訴人の自己破産を申し立てたが、同裁判所に提出した債権者名簿には、被控訴人も記載されている。
そこで、同裁判所は、同年五月一三日付けで、被控訴人を含む各債権者に対し、意見聴取書及び回答書を送付したが、意見聴取書には、控訴人について同月一二日破産の申立てがあったこと、控訴人の代理人は、武藤弁護士であることが記載されている。
(五) 被控訴人の中川社員は、同年五月三一日ころ、前記債権回収経過表を見て控訴人に電話し、控訴人であることを確認したうえ、「ミキや。金払え。」と大声で怒鳴るような調子で支払を請求したところ、控訴人は、尼崎の武藤弁護士に依頼しているので同弁護士に連絡するよう答え、同弁護士の電話番号を教えて(実際は、ファックス番号であった。)電話を切った。そうすると、すぐに中川社員から電話がかかってきて、再び同様な調子で、「なんで電話を切るのや。金を払え。」と言ったので、控訴人が、弁護士に電話するよう答えると、中川社員は、「弁護士に電話をするよう言うとけ。」と言って電話を切った。
その後、同年六月一日ころの午後、控訴人が帰宅したところ、中川社員から連絡するようにとの留守番電話が入っており、また、郵便受けには、中川社員の上司の新田社員が入れた至急被控訴人に連絡するよう記載された文書入りの封筒が入っていた。
同月七日ころ、新田社員が請求のために控訴人方を訪れたところ、控訴人から武藤弁護士作成の退去警告書(甲五)を見せられたため、同所を立ち去った。
なお、控訴人は、中川社員や新田社員から、控訴人の夫の名前を聞かれたことはなかった。
(六) 控訴人は、武藤弁護士を代理人として、同年六月三日、神戸地方裁判所尼崎支部に、被控訴人を相手方として本訴を提起するとともに、取立禁止の仮処分の申立てをしたところ、同月二九日開かれた審尋期日において、被控訴人代理人弁護士が、被控訴人の従業員に対し、弁護士から破産申立てについての受任通知を受領した後は、当該債務者に対し、一切の取立行為をしないよう指導すると述べたため、控訴人は、同年七月二日、右仮処分の申立てを取り下げた。その後、被控訴人から控訴人に対する取立てはない。
なお、同年六月一五日に控訴人の破産が宣告され、同時に破産手続が廃止された。
2 ところで、貸金業規制法二一条は、「貸金業者は、債権の取立てをするに当たって、人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、その者を困惑させてはならない。」と規定し、この規定に違反した者は、処罰されることが同法四八条に規定されている。そして、右貸金業規制法二一条の規定を受けて、前記大蔵省通達により、取立禁止行為の具体化、明確化が図られたが、大蔵省通達第二3の取立行為の規制において、貸金業者が、「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判手続きをとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払請求をすること」、「大声をあげたり、乱暴な言葉を使ったりすること」等が禁止されていたものであり、現在は、金融監督庁の事務ガイドラインに同旨の規定がある(弁論の全趣旨。以下便宜「大蔵省通達」という。)。
これを本件についてみるに、前記認定の事実、就中、控訴人は、長期間所在不明となっていたが、被控訴人に所在を知られ、平成一〇年九月、被控訴人に一部弁済をしたことから、被控訴人において控訴人に対する債権回収経過表を作成し、保管していたこと、そして、債権管理部の増田社員が平成一一年一月と二月の二回にわたり、控訴人に電話した際、弁護士に相談して破産手続を進めていることを聞き、その旨債権回収経過表に記載していること、同じ債権管理部の中川社員が武藤弁護士から送られてきた本件通知書を見て、同弁護士に電話をした後、破産裁判所から、被控訴人に対し、控訴人について破産の申立てがあったことや控訴人の代理人が武藤弁護士であることが記載された意見聴取書が送付されており、債権管理部の部員は当然これを見ているはずであること、また、中川社員は、本件通知書とともに、前記債権回収経過表も見ているのであるから、双方に記載されている氏名、生年月日が一致することは、当然認識していたはずであること(控訴人の名前のうち「慧」という漢字は、極めて珍しく、また、生年月日も一致するのであるから、同姓同名の他の者だと考えるということはまず考えられない。)、さらに、中川社員らは、控訴人に電話して、控訴人から尼崎の武藤弁護士に依頼していると聞いた後も、支払請求に及んでいること等に照らすと、被控訴人は、控訴人が武藤弁護士に委任して破産申立てをしていることを知りながら、支払請求をしたものと認めるのが相当であり、これに反する原審証人中川孝博の証言は、採用できない。
したがって、被控訴人の中川社員らは、前記大蔵省通達に違反する取立行為を行ったことになる。もとより、通達に違反したからといって、直ちに不法行為を構成するものではないが、控訴人は、債務処理に関する権限を弁護士に委任したことにより、以後は弁護士と交渉がなされるものと考えていたのであり、このような正当な期待を無視され、数回にわたり取立行為を受けたものであり、しかも、前記認定のとおり、威圧的な調子で請求されたものであるから(この点も前記大蔵省通達に違反する取立行為に当たる。)、右一連の取立行為を通じてみれば、社会通念上許容される範囲を逸脱したものといわざるを得ず、これにより控訴人は、精神的苦痛を受けたものと認められる。そして、前記認定の事実によれば、中川社員らの取立行為は、被控訴人の事業の執行につきなされたものと認められるから、被控訴人は、控訴人に対し、民法七一五条の責任を負うというべきである。
3 そして、前記認定の本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、控訴人の被った精神的苦痛に対する慰謝料は、一〇万円が相当である。また、本件事案の内容等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二万円と認めるのが相当である。
三 よって、控訴人の本件請求のうち慰謝料請求は、被控訴人に対し、一二万円及びこれに対する不法行為の日である平成一一年五月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきものであるところ、原判決中これと異なる部分を右のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 辻本利雄 裁判官 角隆博)